SHUTTER CYCLE DIARIES Jun Yazawa Photograpy

Monthly Archives: 8月 2011

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大阪心斎橋「Lilo in Veve」さんにて写真展示中!!

友人(の友人)が経営する大阪は心斎橋の美容院「Lilo in Veve(リロインベベ)」さん。

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お店はナチュラルな雰囲気で明るく、スタッフさんたちもとても優しい方々なんです。

もちろんヘアカットの技術はピカイチ♪

http://www.liloinveve.com/gallery/index.html

オシャレでステキな美容院に併設するアートギャラリーにて、

ただいま写真を展示させていただいてます!!

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夏のイベントに合わせてということでお声をかけていただき、

店舗にマッチした海や自然の写真をピックアップさせていただきました。

期間は7月23日からスタート(報告遅れました!)、

お盆明けの8月21日まで展示しています。

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スタッフの方々にもご協力いただき、

南欧スペインを思わせる白壁にマッチした展示ですので、

大阪のみなさんぜひご来店くださいね!!

女性の方は特に!もちろん男性でも歓迎とのことです♪

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なお、今回のイベントにあわせまして、

限定ポストカードを店舗にて販売しております。

よろしかったらそちらもどうぞ。

その中には以前ネットでもお知らせした、

チャリティポストカードもございます。

http://junyazawa.com/blog/?p=971

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イベントの詳細はコチラのリンクからどうぞ!

http://www.liloinveve.com/art/saito_3/top.html

8月1日

今日は親愛なる友について語ろう。

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今から34年前の今日、彼が生まれた。

出会いは留学先のサンディエゴ。

友人を介して仲良くなり、多くの時間をともに過ごした。

海外で出会う同い年くらいの友達が心を打ち解けあうのに時間はかからない。

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同じときを過ごすことで人はお互いの中にかけがえのない何かを見つける。

彼にあって自分にないもの、そんな部分に魅かれたのだと思う。

今思い返せば、彼はとても頼りにできる友だった。

お互いを尊敬しながらも、けなし合える仲だった。

男には、日頃の悩みや寝た女の話、将来への夢などを共有することで単なる友を越えることがある。

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知り合って4年が過ぎた頃、おれはアメリカ帰国間際に白血病になった。

それを知った彼はホスピタルの病床に青い顔をして飛んできた。

「大丈夫?」

とひと言だけ発するなり、ボロボロと、本当にボロボロと涙を流した。

おれは心配させたくなかったので人前で泣かないことに決めていた。

その分まで彼が涙を流してくれているかのように泣いていた。

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本格的な治療のため日本に帰国をした後は、通院の日々で忙しくなった。

彼も帰国後に就職をして、そうそう会うことはできなかった。

メールを通しての近況は頻繁に知らせあった。

移植が始まってからは、自分のこと、家族への心配だけがおれの頭と心を覆った。

あっという間の1年だった。

まだ入院中だったが、体調がようやく落ち着いた頃に、彼からの久々の電話を受けた。

「仕事でアメリカに出張するけど持っていくものや欲しいものはある?」

「退院も近いし大丈夫、何もないよ。」

「じゃあ帰国したらそっちに行くよ」

「わかった。気をつけて。」

そんな風なたわいない会話だった。

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それから数日。

準無菌室からの退院間際に聞いた知らせは、彼がアメリカで行方不明になっているということだった。

あと3日から4日で退院、そんな日だった。

そのときは「まさかアイツが」という思いで楽観していた。

英語が堪能であり、用心深い一面を持った彼がトラブルに巻き込まれることは考えられなかったからだ。

さらに数日が経過。

退院した後も良い知らせは届かないまま。

「貴重品はホテルに残したまま、いまだ見つからず・・・」

「借りていた車が路上で見つかった・・・」

楽観は日が経つごとに悪い予感へと変わっていた。

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8月。

長期入院の体には夏の暑さが堪え難かった。

何も見つからず、時だけが過ぎていく・・・。

夏の盛り。

うるさいセミの鳴き声をかき消すように、電話のベルが鳴った。

受話器の向こう。

彼の弟からの声。

震えた声。

遺体が見つかったという報せ・・・。

頭が真っ白になった。

そこにあるのは体を押しつぶすほどの空気の重さ。

ただそれだけだった。

受話器を持ちながら、ふと口を出た言葉。

「気を・・・しっかり持って」

それ以外の言葉をしゃべることはできなかった。

何もしてやれなかった自分。

いま考えても、きっとそのときは何も出来なかったのだと思う。

「なぜ?」

あの抗いようのない感情は悔しさから来るものだったのだろうか。

ただ涙が溢れた。

自分でも聞こえるほどの嗚咽。

数年が経過し、事情の少しは見えてきたようだった。

自己を殺めたとのこと。

移植後に初めて渡米した際に発見現場に行った。

そこは彼が愛した海への入り口だった。

胸を締め付けるような想いとは裏腹に、「悪くない死に場所だ」と嘯くような言葉が浮かんだ。

まだ信じたくない自分と信じようとする自分がいた。

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日本に帰ってからも何度か仲間で集まった。

いつのときも彼の話は頻繁に出た。

年に1、2度は、彼の家族に招待されて、まるで同窓会のように楽しい語らいも持っている。

ただ心のどこかで彼の死を認めることができない自分がいた。

彼の家に行っても位牌に手を合わせることができなかった。

あれから数年経ったが、今彼が居てくれればと感じるときがある。

プライベートでも、仕事でも。

さらに年を重ねて、増え出した悩みなどを相談してみたかった。

どれだけ思い募らせても頭脳明晰な彼の答えは、もう聞くことができない。

彼が逝った場所で口を突いた「さよなら」という言葉。

心の底ではこんな言葉は消えてしまえ、とも思っていた。

人生にはきっと納得できないままに通過しなければ行けない道もあるのだ。

ただ思い出はいつまでも心の中に生き続ける。

あの笑顔とともに生き続ける。

彼がいなくなった理由については一生わからないままだろう。

その理由を考え続けることで、彼が俺の心の中にとどまっているのなら、わからないままでいい。

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彼が生まれて34年目の夏。

夏の合間を縫った涼しい日。

彼は今日のような日に生まれたのだろうか。

おれの地元では、先日、雨のために延期された花火大会が開催されている。

世界を包みこんだ暗い夜空には盛大な花火が輝いている。

眩しいほどに光り輝いては、一瞬にして消えていく。

まるで一片(ひとひら)の人生のように輝いては消えていく。

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