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Monthly Archives: 5月 2015

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いにしえの道を聞きても唱えても、我が行いにせずばかいなし

blog20150526_intothewoods

「いにしえの道を聞きても唱えても、我が行いにせずばかいなし」

これは薩摩の聖君として知られる薩摩藩の武将、島津忠良の言葉。

“昔からの賢者の教えや学問も知っているだけでは意味がない。

実行してこそ役に立つのである”

これは島津忠良の「日新公いろは歌」の一節。

かの西郷隆盛や大久保利通もこの歌をそらんじで育ったと言われている。

行動することの大切さ。

それは今の世の中にも通じる言葉であり、

行動することを忘れた時点で人の成長も止まると思う。

特に、この歳(40歳)になると、

“動くこと”よりも、効率を考えて”動かないこと”を選んでしまうことが増えてきた。

先が見える当たり前の人生ほど刺激のないものはない。

マジェスティックな人生を歩むには?

思い煩わず行動を起こすこと、ですね!!

 

ライフワークを楽しむ生き方

blog20150519_mistyforest

ライフワークという言葉がある。

今日はその言葉を体現する生き方をする人のお話です。

いつも身近にあった森を開発の手から守り、その森が世界遺産にまでなったという物語。

これは実際にあった話で、白神山地に生きる自然への案内人、市川善吉さんという方のストーリーだ。

ぼくはこの話を聞いて、本当の意味でのライフワークを知った。

白神山地のブナの森は、腐葉土につつまれた自然の宝庫。

その森が美しい水を生み、人も含めた生態系を作っている。

ある日、その森の中心にいるブナを伐採し、材木として利益をあげられる杉の植林計画が進んだそうだ。

市川さんはこの計画に反対して、豊かな自然がある本当の意味を訴えた。

はじめは孤立無援の運動からはじまり、徐々に賛同者が増えつづけて、数十年後には白神山地が世界遺産に登録された。

「山の中に入っていると、街にいるときと頭が変わってくる。

街の頭が全然なくなる。何にもなくなる。

頭の中がどんどん澄んで、冴えていく。

そうして山と自分の境目がなくなっていく。

獣になっているんだね」

自然と向き合い、ひたすら無心で過ごすとき、確かにこういう感覚になることがある。

日の出前や夕暮後の海で、ひとり黙々とサーフィンしているときに味わう海との一体感。

その感覚にとても近い。

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「獣の頭になっているから、初めて足を踏み入れたところでも、

こっち行けば良いって直感が教えてくれる。

怪我をしないのは、無理をしないから。

例えば、急な斜面に大きなマイタケがあるとするでしょ。

大抵の人は頑張って無理してでも採ろうとする。

でも、私は危ないと思えばやめる。

これは、動物も同じような感覚で生きていると思う。

人間だけが無理をする」

無理をしない…自然を知る人の深い言葉だ。

無理をするのは、他人の目を意識するからだと思う。

せっかく山に入ったのだから、無理してでも美味しい山菜を取らねば、と。

他人の評価を気にして生きているのは人間だけ。

評価への期待がときには力になり、ときにはプレッシャーとなって重くのしかかる。

ひとりで純粋にサーフィンをしているとき、そんなものをすべて超越している時間がある。

頭の中が空になり、波のことだけを考える時間。

それは海が与えてくれる、かけがえのない時間だろう。

サーフィンというフィルターを通して、生涯、海とつながりを持つ。

森林と共に生きることで、森を守り、気づけば森の番人となっている。

休みの日だけでも山に向かい、その山肌を愛し、登山を生涯の友とする。

人生のなかで、長い時間をかけて続けていくことで、それはライフワークとなる。

楽しむことから始めて、気づけば森がライフワークとなっていた市川さんのように。

みなさんのライフワークは何ですか?