SHUTTER CYCLE DIARIES Jun Yazawa Photograpy

Monthly Archives: 9月 2016

You are browsing the site archives by month.

サーフィンから学ぶ、「今この瞬間を生きる」という考え方。

サーフレジェンドのジェリーロペスの言葉に、

「サーフィンとは”禅”である」という言葉がある。

この言葉が意味するものは?

分かるようで分からない。

分からないようで分かる。

そんな疑問がいつもあった。

「静的な禅」に対して、「動的なサーフィン」。

この何が同一なのだろうか、と。

jypblog20160927_01

この答えに一歩近ずくような思想、

それは、ぼくが起業家として尊敬するスティーブ・ジョブズの言葉にあった!

「じっと座って観察すると、

自分の心がいかにひとところに留まっていないかがわかる。」

ジョブズは座禅をこよなく愛した経営者として知られている。

心を落ち着けて内的自分を見つめ直す、座禅にはそのような効果があるようだ。

「とらえにくいものの声が聞こえるようになる。

その瞬間に、直感が花開いて、

物事がくっきりと見え始め、

もっと今この時を生きられるようになる」

座禅をすることで、

「今この瞬間に意識を向ける」ことができると語っている。

なるほど納得!!

これは話題のマインドフル・アウェアネスにも通ずる考え方ですね。

※マインドフル・アウェアネス

瞑想など、禅の手法を用いたメンタルトレーニング。

感情をコントロールすることを目的にスポーツやビジネス界でも注目されている。

プレゼンの上手さで有名なジョブズだけに、言葉が胸に刺さります。

この思想は、まさにサーフィンと重なる部分ではないだろうか。

jypblog20160927_02

普段生きていると、

自分の思考イメージはさまざまな時間軸を飛び交う。

あの時もっとこうすれば良かった。

自分の将来はどうなっているのだろうか?

こんな夢を叶えたい。

などなど過去や未来を行ったり来たりと。

それがサーフィンをしている最中は、まさに今その瞬間のことに集中している。

その日の斜面に合わせてテイクオフを反芻する自分。

いつセットはやってくるか?

良い波に乗るためのベストなポジショニングはどこか?

どのようなラインで乗るのが最良か?

思考回路はすべて波に向けられて、この世に存在するのは、まるで自分と波だけかのように。

ただただシンプルな世界のなかに放り込まれる。

これこそが今この瞬間を生きる強さではないか!

そして禅と同一の思想がここに流れている。

jypblog20160927_03

デイブ・ラスタビッチは、サーフィンの魅力についてこう答える。

「サーフィンはいつも俺に教えてくれる。

サーフィンをしているとき、

善悪や生き方など現実的なことをいろいろ考えてると、

バランスを失って毎回ボードから落ちる。

でも、ただ無心にサーフィンすれば、

生涯最高のサーフィンができるだろう。

チューブライドやクールな体験ができるはずだ。

つまり俺たちは、

どんな風にサーフィンするとしても、

こんな気持ちでテイクオフする。

目の前に現れた波に乗る。

他のことを考えてる余裕なんてない。

次の日の予定や人からの評価なんて関係ない。

状況に対応するだけ。

集中して立ち向かえば最高の結果が生まれる。

サーフィンの魅力は、

自然への敬意や、それを取り巻くすべて。

そのすべての要素が、

俺がサーフィンをする理由さ

今この瞬間を生きること。

過去にとらわれることなく、また未来に思い悩むことなく、今この時を見つめて生きる。

いつかそのシンプルな境地に辿り着けるよう、今も座禅しながらブログを書いている。

…と、この辺で足がしびれてきたので終わりにします。

いやはや、無心とは難しいものである。

 

人の精神とは樹木のようなもの…緑深き森@屋久島

jypblog20160920_01
緑深き森, 屋久島

 

人間を圧倒するような自然美。

ここは屋久島、白谷雲水峡の緑深き森。

この森を歩きながら、人間の精神とは樹木のようなものだ…と思った。

枝葉の茂った木は、

雨や嵐の悪天候のなかでも、強い陽射しに照りつけられても、

根からしっかりと栄養を吸い込んで、日々その枝葉を伸ばしつづける。

木が育つように、

日々の出来ごとを栄養の糧(かて)として、人の思想や考えは育っていく。

「信念」という根をはりめぐらせ、

経験という太陽光を浴びることで、心は大きな幹を伸ばしはじめる。

「思想」という枝葉をフサフサと生やしながら。

時にはきつい太陽の日差しも、豪雨をもたらす雨風も、

その生い茂った枝葉で心身を守ってくれる。

日々しっかりと栄養を与えてあげれば、

経験というたくさんの葉をつけた「心」が、

困難や苦しさと対峙した自分を助けてくれるはずだ。

ブレることのない樹木のように。

木々がうっそうと生い茂る森を歩きながら、ふとそんなことを考えていた。

フムフム、人が自然から学ぶことは多い。

 

健全な精神は健全な肉体に宿る…その真意とは?

jyp_blog20160914_02

「健全な精神は健全な肉体に宿る」

これはローマの詩人ユウェナリスの言葉。

“健全な精神と健全な肉体は、両立しているのが望ましい”と伝えている。

波乗りをしていると、

その究極的バランス感覚の大切さを知ることになる。

特に肉体と精神のバランスがこんなにも大切なスポーツは他に知らない。

海を相手にするサーフィンにとって、

「つねに楽しむ」という発想はどのように育まれるのか?

ただただ無心で波を観察すると見えてくることがある。

波を「乗る」ものとしての良し悪しで判断せず、ただ割れる波として観察する。

(禅問答のような気もするが・・・)

つねに楽しむという心の余裕は、そんなおおらかな視点から生まれる。

jyp_blog20160914_01

例えるなら、物心がつく前の子どものように、すべてをありのままに受け入れる。

周囲の世界で起こることを、言葉や型に当てはめようとせず無心に物事を観察する。

良いとか悪いとかの判断を下そうとせず、純粋に物事を知覚しようとする。

そのおかげで、大人には見えない発想やものごとの本質が見える。

子供にしか見えない世界とは、そんな視点から生まれるのではないだろうか。

波乗りの世界も同じで、

ただブレイクする波に対して楽しみを見いだせれば、いつも楽しめると思う。

良い波は潮位の変化や風向きによって、一瞬で形を失ってしまう。

不確かな自然を相手にして、執着することの無益さ。

確かなことは「生じたものはやがて必ず消える」という、自然の摂理には逆らえないという事実。

jyp_blog20160914_03

人生には、やっとの思いで手にしたものでさえ、スルリと手を滑り落ちることがある。

「最高のセットがキター!絶対に乗ってやるぅ」と執着を持てば持つほどに・・・。

最高の波への執着を手放すことで、本当に美しい波と出会えるのかもしれない。

(またまた禅問答のようだが・・・)

心を広く、おおらかに構えることで、いつも笑顔で生活していたい。